●四国にいる父が入院して、はや、5ヶ月。
相変わらず、鼻腔栄養のまま、やせ細っている。
リハビリで、「嚥下訓練」はできているのか・・・。
近くて遠い大阪で、それが気がかりだった。
きちんと栄養が取れないまま、季節の変わり目の今、もし、
肺炎にでもなったら・・・と心配のたねはつきない・・・。
そして、今度は、母が入院した。
股関節にヒビがはいったのだ。
救急病院に搬送され、検査の結果、「人口股関節」への手術を勧められた。
が、母は「エホバの証人」
輸血は厳禁だ。
その主義を伝えると、病院は「それなら、もう病院を出て行ってください」という。
「うちは救急医療急性期病院なので、手術をしないのなら、他の病院に行ってください。
ベッドの空きを待っている人がいるんです」という心ない言葉・・・。
ギブスで固定する、などの二次、三次的な医療措置の提案もなく、
とにかく、出て行け、という姿勢に、弟は猛反発した。
当然だと思う。
今時、こんな高見から物を言う病院。
結局、別の個人病院に移ったが、釈然としない。
医療は誰のものか。
「患者の権利宣言」を医療従事者は知っているのか。
怒りの矛先は・・・・
大阪にいて何もできない自分に戻るのだ。
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2004年10月27日
