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ぼけぼけ日記 (ブログ風?)

つながり

2011年4月21日

4月3日に放送した「被災地の声」
以前、番組にご出演いただいたかたの中には、被災されたかたも多くいらっしゃいます。

そのときにご紹介した重度の知的障害など
(私は漢字表記にこだわっています。社会にこそ壁がある。その障害がある間は、この文字を使います。それと、「害」をひらがなや別の漢字をあてても読みが同じであることからです)

がある
(「障害をもつ」、とは私は言いません。荷物みたいじゃないです??荷物は、そこらに置いておけるけど、障害は、そこらに「置けません」その人の特性の一つだから・・・)

かたが通う授産施設で、食べるお米、またそこで障害がある人が仕事としている「みそ作り」のお米がなくなりかけているということがわかりました。
(お手紙と心ばかりの品物は郵送していましたが、行き違いが多く、直接電話で連絡がとれたのは2週間ほどたってからでした)

東北のかたは本当に我慢強く、食べるお米もなくなりそうという言葉を聞き出すまで、20分ほどかかりました。


「今、生活はいかがですか?」
「4月11日にあった余震で、一つの作業所がダメージを受けて・・・でももう一ヶ所あるから大丈夫です!」
「いや、それは大丈夫とは言いませんって!お怪我はないですか?」
「はい。大丈夫よ~ラジオ出させてもらってありがとね~~」(心理的にもダメージがあるはず・・・・)

こういう会話が続いて、
「名物のおみそ、作るのに、お米いりますよねえ?」
「ですよねえ。この前もどこかの親切なかたが持ってきてくれて!感激したんですよ!」
(収録は3月30日。そのときも同じことをおっしゃっていたなあ・・・
そのあとの電話でも・・・)

「在庫はあるんですか?」
「そうねえ・・・・」
「仕込みは1週間に一回ですよね?」
「んだねえ~・・・」
「ご飯食べられていますか?」
「ん~・・・」


ここで、私は今、Twitter上で勢いよくひろがっている「ふんばろう東日本」のお世話になることにしました。リンクはこちらhttp://fumbaro.org
このサイトは、必要なものを必要なところへ、をコンセプトに早稲田大学院MBA講師の
西條剛央氏が考案し、ボランティアで運営されているのです。
皆さんも使ったことがある「密林=アマゾン」からワンクリックで、品物が欲しい避難所へ
送ることもできます。


以下、西條氏の言葉です

津波主被害地はテレビで報道されているのとはまったく違う本当の"壊滅"が延々と広がっていました。

さらに驚いたのは、メジャーな避難所には物が余っているのですが、それを仕切ることができないため、マイナーな避難所には物資が行き渡っていないという現実でした。
本部の人に「こういうものとかこういうものはあるんですか?」と聞くと「ない」というのですが、
それでも「仕分けられないから支援はいらない」というのです。

これはあらゆる行政で起きていることなのであり、各地で問題になっています。
それは誰が悪いということではなく、行政は未曾有の事態に対応できる組織構造になっていないためどうすることもできないのです。
ボランティアが足りているのではなく現場でだぶついていて使えていないだけです。
物資が足りているのではなく局在化していて、末端に行き渡っていないだけなのです。

他方でネットだけを使ったマッチングシステムはたくさんありますが、津波主被災地の現実を踏まえたものではないため、最も必要とするところでまったく機能しないという問題があります。
ネットがつながったとしてもそこは高齢者も多く、パソコンのできる人自体がいないのが現状です。

こうした現状を打開するために、被災地に行って支援を行いつつ、そこの人と連絡をとれるようにして窓口になってもらいます。
避難所ごとに必要なリストをサイトにアップして、Twitterで募集をかけて全国から送ってもらうという仕組みを作りました。amazonの全面協力のもとで現地の要望にあわせたwish listを作成していただき、そこからクリック一つで支援物資を送ることも可能です。

現地での前方支援と全国からの後方支援を効果的に連携させることにより、行政を介すことなく、被災者個々人が必要とする物資やサービスを、必要なところに必要な分だけ無料で届ける画期的システムが「ふんばろう東日本プロジェクト」なのです。

以上です。


まさに、私が考えていたことそのものでした。
その授産所の所長さんは71歳、インターネットもTwitterも使えません。
今までは、ご近所の皆さんがいろいろ持ってきてくれていたようですが
資源は有限です。
やっと品物が入ってくるようになったらしいのですが、高齢者が車を運転して出かけることは
危険を伴いますし、
若い職員さんも被災者で、通ってくることが今は困難な状況で人手が圧倒的に足りません。
このサイトに祈るような気持ちで、書き込みをしました。


【お米が不足しています。「ひとめぼれ」を30㎏送ってください!】と。
(ひとめぼれ、という銘柄も、コシヒカリは?いや、そんな高いお米は・・・とのやりとりがあって・・・)

それから数時間後、サイトに私の「支援願い」がアップされ、翌日には、3人のかたが
早速メールをくださいました。
「30㎏、9月まで送れますよ!」
「10㎏を1年送りますよ!」
「買うだけだから、15㎏を1年送ります!」


今、私は、この24日放送分の番組の編集をしています。
編集機の前で・・・その画面が、かすんでくるのを感じました。


こんなに早くSOSを受け取ってくれる人がいる・・・

一障害者として、今回の震災に関しては、仕事をおいてでも、「そこ」へ行きたい気持ちでいっぱいです。
でも。
障害がある私が行くことで余計な負担を現地にかける・・・
できることはあるのだろうか?
瓦礫の撤去?できない。
電動車いすの充電は?
トイレは?
ヘルパーさんはついていってくれる?
言い訳みたいですが、はい。言い訳です。


そして、マイナーな番組ですが、多くのリスナーが私の「声」を待っていてlくださって。
メインキャスターとして、様々な事象を自分の言葉で伝える責務もある・・・


私は「放送」という仕事の中で、伝えられることを伝えよう。
聴いたこと、取材したこと、感じたこと、いろんな情報を。
そう決めて、どんどんツイートし、また番組を制作してきました。
でも。
今回のように「伝言」することもできます。


障害者は。
災害弱者は。
どこにいるんだろう。


Twitter上で飛びかう会話の中に、なかなか「災害弱者」のことが見えてきません。
正直、西條氏のサイトが活発になってくるのを見ながら、障害者からの支援要請がないことも気がかりでした。
重度障害があるかたにとって、携帯電話の操作は簡単ではありません。
まだネットも繋がっていない地域もあります。
SOSを出したくても出せないかもしれない・・・
そのことが・・・悲しくて、辛くて・・・どうしようもなくて・・・・。

それでも、私にできることがありました。
人と人をつなぐこと。


今回、支援を申し出てくださったかたに、改めて、このホームページを通して
御礼申し上げます。
奈良の森田様、三澤様、東京都の音楽サークルsister☆sister代表の大柴様。

所長の高村氏にこの件をお伝えしたところ・・・

電話の向こうで、嗚咽が・・・。
「日本って、捨てたもんじゃないね。いい人がいるんだねえ。みんな、またご飯いっぱい食べられるし、おみそも作れるねえ」

私も、もらい泣きです。

今日は、悲しい涙も嬉しい涙もたくさん流しました。


まだまだ「つながれていない」かたがいます。
重度障害があるため、避難所のトイレが使えないと、半壊の自宅で過ごしているかた、
避難所では周囲の人に迷惑がかかるからと車で寝泊まりするかた、
支援が必要なかたはたくさんいます。

そういった方々の「声」を聞き逃さず、つなげていけたらと思っています。

また、この「ふんばろう東日本」プロジェクトは、いろんなNPOなどとも連携し
広がりをみせるようです。
長期戦になることを心にとめ、それぞれができることをできるだけやればいいのだと
3人の支援者の方々は改めてそのことを教えてくださいました。


今日は「移動入浴車」の提供申し出がありそうなので、
それをつなげるようにします。
現地でふんばっている障害がある仲間の支援も忘れずに・・・


皆さんが、だれかとつながっていますように・・・・。


夜明け前に心からの感謝を込めて・・・。
長崎圭子(Twitter:keikoechigoya )

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